カウンセリングを受けるうちに、少しずつ自分を取り巻く環境を客観的に見つめられるようになりました。
そうして初めて、長いあいだ私は「異常な環境」に置かれていたことに気づき始めたのです。
私が所属していたのは、夫の父が牧師を務めるキリスト教会でしたが、一般的なキリスト教会とは大きく異なる、排他性が強く、外部との接触を禁じる“セクト的宗教集団”でした。
読者の誤解を避けるために付け加えると、これはキリスト教全体の教えとは異なる性質の組織であり、すべての教会がこのようなわけではありません。
この教会では、内部で起きた問題を外部に相談することは禁止され、他の教会や世界を否定する考え方が強く教えられていました。
また、私たちは特別で、クリスチャンではない人々を“悪魔に従う人々”だと教えられていました。
聖書の言葉や神の存在を根拠としてそう教えられるため、気づけばそれに逆らうことが罪であるかのように感じていました。
日常生活も教会中心で回っていました。
平日は集まりや奉仕に参加し、休日も朝から晩まで指導者の話を聞き、一緒に時間を過ごしていました。
こうした生活が続くうちに、外部との接点は減り、疲労で思考力は鈍り、本来の自分の価値観を見失っていきました。
「正しい人間でありたい」「義理の家族と仲良くしていたい」という思いが、自分を縛りつけていたのです。
義理の両親が牧会していたこともあり、違和感を覚えても口にすることは容易ではありませんでした。抜け出すのはさらに難しく感じました。また、このような環境で生まれ育った夫が、教会の異常さに気づくまでにも時間がかかりました。
ようやく夫婦ともにこの環境から離れたいと思うようになり、気持ちを家族に伝えても話し合いは平行線のままでした。
やがて義理の両親から「頭がおかしくなった」と言い振らされ、完全な孤立状態に置かれました。
この扱いを受けたことで、教会や夫の家族への不信感はさらに深まり、離脱の決意はいっそう固くなりました。
離れたいと言い出したのは私たち夫婦でしたが、最終的には“追い出された”という形で脱退が成立しました。
夫の家族からは裏切り者扱いされ、「私たち家族を傷つけた」と、罪悪感を負わされました。
心は深く傷つき、その後の義理の家族との関係でも大きな苦労が続きました。
それでも、あのとき教会を離れる決断をしたことを、今の私は心から正しかったと思っています。
自分の心の声に耳を傾け、自由を取り戻すことができたからです。
次回の投稿では、セクト的宗教集団の特徴や、本来のキリスト教会との違いについて書きたいと思います。
