前回の記事では、私たち夫婦がセクト的な教会から離脱した経験についてお話ししました。今回は、「カルト的教会と正統派キリスト教の違い」に焦点を当て、私たちが経験した教会の特徴と、正統派の教会との違いを整理してみます。
夫の両親が牧会していた教会は、「保守的で厳格なキリスト教会」と自負していました。しかし、実際には正統派キリスト教とは大きく異なり、カルト的特徴を持つセクト的宗教集団でした。
ここでは、私たちの経験からわかった4つの特徴を紹介します。
① 排他性・優越意識はキリスト教の本質ではない
夫の両親が牧会していた教会では「自分たちだけが正しい」「クリスチャン以外は悪魔に従っている」と教えていました。しかし、これは歴史的・神学的に見てもカルト的特徴であり、主流キリスト教とは異なります。
聖書にも次のように書かれています:
- 「高ぶりは倒れに先立つ」
- 「互いに愛し合いなさい」
- 「自分を義とし、他人を蔑む者を神は喜ばれない」
本来のキリスト教は、「自分たちだけが正しい」という態度を戒めています。
② 外部相談の禁止は聖書の教えと正反対
「教会の外部に相談してはいけない」というルールもありました。これは宗教虐待の典型例です。
聖書ではむしろ、
- 知恵ある複数の助言を歓迎する
- 光にさらすことで悪を明るみに出す
- 隠蔽を戒める
という考え方を示しています。
外部相談の禁止は聖書的根拠がなく、組織維持のためのルールです。「聖書に基づく」と言われても、指導者による解釈の悪用に過ぎません。
③ 生活を教会に過剰に集中させるのは操作的
平日も休日も集会に参加させられ、疲労で思考力が鈍るほどの活動量は、宗教社会学では「マインドコントロールの典型」とされています。
正統派キリスト教では、
- 日常の仕事や家庭生活を尊重する
- 教会は人生を支配する場ではなく、支える場所
- 教会は生活の一部であり、全てではない
という考え方です。疲労や孤立を利用して信者を縛るのは、閉鎖的集団による操作であり、本来のキリスト教の精神とは異なります。
④ 家族を切り離し罪悪感を与えるのは愛ではない
私たちは、教会から脱退したい意志を伝えた時に、家族から「裏切り者」と言われ、罪悪感を負わされました。これは宗教虐待の典型例です。
キリスト教の核心は「愛」「赦し」「対話」です。意見や疑問を述べた人を攻撃することは、教えに反します。
神学的にも「本来のキリスト教とは別物」
神学では、このような教会を
- セクト的宗教集団
- 高コントロール宗教(High-Control Religion)
- スピリチュアル・アビューズ(宗教的虐待)
などと呼び、正統派キリスト教と区別します。歴史的にも、排他的・支配的な集団は問題視されてきました。
私たちが感じた違和感や罪悪感、孤立感は「私の信仰が弱かったから」ではなく、
- 教会の構造的問題
- 指導者の教え方
- 家族の価値観
- 組織の支配的体質
によって生まれたものです。教会のあり方が、キリスト教の本質から逸脱していたのです。
カルト脱会後は罪悪感に苛まれることがあります。しかし、それは歪んだ集団から距離を置き、本来のキリスト教の精神を大切にしようとした心の現れです。時間をかけて、自分は罪悪感を抱く必要がないと納得していくことが大切です。また、サポートしてくれる人と繋がることも大きな助けになります。
もし一人で悩んでいるなら
もし今、教会での経験や信仰について一人で悩んでいるなら、信頼できる家族や友人に話すこと、あるいは専門家に相談することをおすすめします。
相談先の例としては、
- 心理カウンセラーや臨床心理士
- 教会に詳しい信頼できる牧師
- クリスチャンカウンセラー
などがあります。誰かに話すことで、孤立感や罪悪感を少しずつ和らげることができます。カルト的な教会で受けた影響を自分のせいだと思わず、一歩ずつ心を整えていくことが大切です。
