トラウマの環境を離れたあと、私はふいに胸が重たくなるような罪悪感に何度も襲われました。
「本当に離れて良かったのかな」
「私が間違っていたんじゃないだろうか」
頭では「あれは危険な場所だった」と理解しているのに、心だけが取り残されているような感覚。
あとから知ったことですが、これは、家庭・職場・恋愛関係などで、心理的な支配や虐待を経験した多くの人にも共通する心の反応なのだそうです。
今回は、私が経験した、支配的な宗教環境で形成される罪悪感について取り上げようと思います。
📖 罪悪感が植えつけられる構造
(※私は専門家ではありませんが、調べた範囲で参考になった内容を紹介します)
① 宗教虐待では「自分が悪い」と繰り返し思い込まされる
支配的な宗教環境では、「悪いのはあなた」という構造が、意図的につくられることがあるのだそうです。
こうした環境で使われやすい心の操作には、次のようなものが知られています。
- 自分の記憶や感覚を信じられなくなるように仕向ける(ガスライティング)
- 恥ずかしさ利用して従わせようとする(羞恥づけ)
- どんな問題も「あなたのせい」だと思わせるようにすり替える(帰属の操作)
- 「あなたは罪深い」と繰り返して罪悪感で従わせようとする(道徳的支配)
こうしたメッセージを長いあいだ受け続けると、自分でも気づかないうちに、
「悪いのは私だ」
「私の感じ方が間違っているのかもしれない」
といった心の声がつくられてしまうことがあるようです。たとえその環境を離れたあとでも、この声だけが心に残り、理由のわからない罪悪感となって現れることがあるのだそうです。
② 従順を求める集団では、離れること自体に罪悪感を生じやすい
宗教的な支配が強い環境では、「集団への忠実」「献身」「従順さ」が強く求められます。そのため、
- 反対意見を伝える
- 疑問を持つ
- 外の世界とつながる
- 集団と距離を置こうとする
といった、ごく自然な行動でさえ「裏切り」だとされる雰囲気がつくられがちです。本来なら、どれも健全で当たり前の判断です。けれど、そのような環境の中にいると、気づかないうちに
「裏切ったのは私だ」
という強い罪悪感を持つことがあります。
でも、この罪悪感は本来のあなたの心が生み出したものではありません。支配を続けるために植えつけられた「偽りの罪悪感」です。
もし同じような状況で苦しんでいる方がいましたら、少しでも心が軽くなりますように。
あなたの中にあるその苦しさは、あなたの弱さではありません。そうした環境で長いあいだ頑張ってきた心の名残なのです。
③ 支配者の感情がすべての基準になり、自分の評価がゆがんでしまう
心理的な虐待がある環境では、加害者から怒りや失望、批判を何度もぶつけられることで、被害者はいつの間にか加害者の基準で自分を判断するようになってしまうことがあるのだそうです。
すると、次第に
「相手が怒りそうなことは避けなきゃ」
「私の反応がいけなかったのかも」
「私がもっとちゃんとしていれば…」
という思考が習慣化し、離れたあともそのパターンが続いてしまいます。
つまり、罪悪感は、相手を基準にしなければ生きられなかった環境の「後遺症」なのです。
④ 「私が悪い」と思い込むことで身を守ろうとする脳の仕組み
虐待的な環境では、「自分が正しい」と思うより「自分が悪い」と思うほうが安全なことがあります。
なぜなら
- こちらが謝れば、その場の怒りが収まりやすい
- 従えば攻撃されにくい
- 否定されても、自分を責めれば対立を避けられる
からです。
これは心理学では「適応的罪悪感」と呼ばれ、その場を生き抜くための「とっさの防衛反応」なのだそうです。
その癖が、環境を離れて安全になっても続いてしまうことがあります。それが、私がずっと感じてきた「あの罪悪感」の正体でもあります。
⑤ 安全になった途端、抑えていた感情が時間差で溢れてくる
虐待的な環境にいるあいだ、人は生き延びるために、自分の感情を感じないよう心を固く閉ざすことがあるのだそうです。
心理学では、解離や麻痺と呼ばれる、身を守る反応です。すると、危険から離れて「もう大丈夫」という状態になると、それまで凍っていた感覚が、ゆっくりと溶けてきます。
恐怖
怒り
悔しさ
喪失感
そして罪悪感——
こうした感情が「時間差」で押し寄せるのは、回復が始まっているサインでもあると専門家は言います。
それだけ長いあいだ、必死に耐えてきたということ。安全になった今だからこそ、ようやく心が本来の声を取り戻しつつあるのです。
✨ 最後に
罪悪感は「性格」ではなく、支配の中で身につけてしまった「習慣」です。
宗教虐待や心理的虐待の中で植えつけられた罪悪感は、あなたが悪かったから生まれたものではありません。
それは、あなたが生き延びるために心がとっさに選び取った「大切な反応」でした。
あなたを責めるためのものではなく、むしろ、「乗り越えるために守ろうとしてくれた仕組み」なのです。
そのことに少しずつ気づけるようになったとき、私はようやく自分に優しくできるようになりました。
🌱 次回予告
次回は、
支配的な環境が、どのように「自分を疑ってしまう感覚」をつくり出すのか
その仕組みについて、もう少し丁寧に書きたいと思います。
今、罪悪感で苦しんでいる方がいましたら、自分を責める気持ちから、少しずつ自由になれますように。
