支配的な環境を離れたあとも、私を長いあいだ苦しめていたもののひとつが
「自分の感覚が間違っていたのかもしれない…」
という不安でした。
「もしかして、私が大げさに受け取ってしまったのかな」
「私の考え方が歪んでいたのかも」
「本当は相手はそんなに悪くなかったかも」
何度もそんな気持ちが胸の奥から湧き上がってきて、
私は自分の感じたことを信じられなくなっていました。
でも、あとになって、これは支配的な環境でトラウマを経験した人によく見られる「自然な反応」だったということを知りました。当時の私の心は、間違ってなんかいませんでした。
ここからは、あとになってわかった「自分を疑ってしまう心のしくみ」について書きたいと思います。
📖 心が自分を疑ってしまう理由
(※私は専門家ではありませんが、参考になった情報を紹介しています)
① 支配的な環境では「感じ方」を否定され続ける
宗教的な支配、家族内の力関係、心理的な圧力…
こういった環境では、自分の感情や意見が「それは違う」「あなたの感じ方がおかしい」と言われ続けることがあります。
心理学では、これを、
- ガスライティング
- 情緒的抑圧
- 認知の操作
などと説明することがあります。
人は繰り返し否定されると、自分の感覚より「相手の言葉」のほうを信じるようになっていく。それが、心の自然な適応の仕方なのだそうです。支配的な環境を離れたあとも、「私の感じ方が間違っていたのかもしれない…」と揺れるのは、この名残でもあります。
② 長期間のストレスで「現実検討力」が弱まることがある
トラウマ研究の中では、強いストレス状態が続くと、脳の判断力(特に、前頭前皮質)が弱くなることがあると説明されることがあります。
簡単に言えば、
- 自分の判断が不安になる
- 正しかったのか確信が持てなくなる
- 相手の意見に自分を合わせたくなる
といった反応が起こりやすくなるのだそうです。これは「心が壊れた」ということではなく、
安全な判断をするためのエネルギーが、まだ戻ってきていない状態
だということです。
回復が進むにつれて、少しずつ自分の感覚が戻ってくるようです。
③ 自己否定は「関係の断絶」への恐れから生まれることがある
ある心理学の本に、こんな説明がありました。
大事な相手とのつながりを失う恐怖が強いほど、人は自分の感覚よりも相手を優先しやすくなる。
つまり、
「自分が間違っていたことにすれば、少なくとも関係は保てる」
と心が判断してしまうのです。
たとえその関係が有害だったとしても、心は「孤立」や「拒絶」を強く恐れるため、自分の考えを疑ってでも相手に合わせようとします。
離れたあとも、それが癖として残り、自分の感覚を信じられなくなることがあるようです。
④「安全に感じる力」が回復する前に、判断だけが求められるから
危険な状況から抜け出した直後というのは、不思議なほど「心が空っぽのようになる」ことがあります。
- 何が正しいか
- 何が間違っているか
- どう感じたのか
それが全部、あいまいになってしまう時期が自然と訪れるようです。これは、 回復の初期段階 によく見られる現象なのだそうです。
「自分を疑う感覚」が出てくるのは、心の安全感がまだ十分に戻ってきていないから。
少しずつ回復してくると、自分の感覚がゆっくり戻ってくるようです。
⑤ 「相手を理想化していた記憶」が後から混ざりやすい
人はつらい関係から離れたあとも、良かった部分だけを思い出すことがあります。これは防衛反応の一つで、専門的には「理想化」や「一部的な記憶強調」と説明されることもあります。
- 優しくされた瞬間だけを思い出す
- うまくいっていたときの記憶だけが思い浮かぶ
- 「あれは私の勘違いだったのかも」と感じてしまう
こういう記憶の偏りが「自分の感覚が間違っていたでのかもしれない」という揺らぎを生むようです。
でも、これは心が弱いからではなく、
心がまだ整理をしている途中だからこそ起こる現象
なのだと思います。
✨最後に
今振り返って思うのは、
私が感じていた違和感や不安は、全部本物だった
ということです。
あのとき、心が「これはおかしい」と感じたのは、混乱でも、誤解でも、大げさでもありませんでした。もし今後も、自分を疑ってしまう日があったとしても、そんな自分を責めなくていいのだと思います。
感覚は、時間と安心の積み重ねの中で、また静かに戻ってきます。
ゆっくりと、確実に。
🌱 次回予告
次回は、
罪悪感からの解放について、「限界まで頑張っていた自分を思い出す」
という視点を書きたいと思います。
もし同じような状況の方がいましたら、少しずつでも安心を取り戻せますように。
