「トラウマ」という言葉を聞くと、
大きな事故や災害、強い暴力などを思い浮かべる人も多いかもしれません。
でも実際には、もっと身近で、
日常的な辛い経験も
心に深い影響を残すことがあります。
今回は、
「トラウマって、どんな状態のことなのか」
を、整理してみたいと思います。
① トラウマは「弱さ」ではない
トラウマは、心の弱さに起因するものではないと、私は感じています。
むしろその逆で、そのときの自分の心が、
「必死に生き延びようとしていた結果」
だと思っています。
どうにもならない状況の中で、
逃げることも、止めることも、安全を選ぶこともできなかったとき、心はできる限りの方法で、自分を守ろうとします。
その「守ろうとした痕跡」が残り続けている状態が「トラウマ」と呼ばれています。
② 終わったはずなのに、体と心が追いつかない
トラウマの特徴のひとつは、
出来事そのものは過去なのに、
心や体が
「今も続いているように反応してしまう」
ことです。
ここに挙げるものは、
すべての人に当てはまるものではありませんが、
よく見られる反応の一部です。
たとえば、
- 理由がわからない強い不安や緊張
- 些細なことで、急に心がざわつく
- 夢や、突然思い出されるような形で、当時の感覚がよみがえる
- 「自分が悪かったのではないか」と繰り返し責めてしまう
- ぼんやりしたり、現実感が薄くなる感覚
など
こうした反応は、
意志や性格の問題ではありません。
心が「もう大丈夫」と理解する前に、
体と神経が、先に警戒し続けている状態なのです。
③ 心が「がんばりすぎた記憶」
トラウマは、
「怖かった出来事の記憶」そのものというより、
そのとき、心がどれほどがんばっていたかの記憶
とも言えるかもしれません。
- 感じないようにした
- 考えないようにした
- 逆らえなかった
- 耐えるしかなかった
そうした一つひとつは、
その人なりの最善の選択でした。
あとになって
「もっと別の方法があったのでは」
と思ってしまうことがあっても、
当時は、それ以上の選択肢はなかったのです。
④ 回復は、「忘れること」ではない
トラウマからの回復は、
出来事を消すことでも、
無理に前向きになることでもありません。
少しずつ、
- 今はもう安全だと体に伝えていくこと
- 自分の反応を「異常」ではなく「自然なもの」と理解すること
- 自分を責める視点を捨て、やさしく見直していくこと
そうした積み重ねの中で、
取り残されていた心と体が、ゆっくりと現在に追いついていく—
それが回復のプロセスだと、私は感じています。
🌷 このブログについて
このブログ Slowly Surely は、
トラウマ環境を離れたあと、
心の回復をゆっくりと辿っている
ひとりの当事者による記録です。
治療を目的としたものではありませんが、
同じような経験をした人が、
「ひとりじゃない」
と、感じられる場所でありたいと思っています。
もし今、
自分の心の反応に戸惑っている方がいましたら—
それは、あなたの心が
これまで必死にがんばってきた証なのかもしれません。
